会津若松市

会津若松市

「鶴ヶ城」の城下町として知られる会津若松市は、戊辰戦争の舞台として名を刻んだ歴史のまち。
白虎隊の悲劇に象徴されるように、会津の人々は「義」を重んじ、武士の誇りを胸に生きた気高き魂を今に伝えています。市の中心にそびえる鶴ヶ城は、戦火を耐え抜いた復興の象徴であり、城下町には武家文化の面影が色濃く残ります。古い町並みを歩けば、歴史の息遣いとともに、会津人の不屈の精神を感じることができるでしょう。四季折々の景観とともに会津漆器、郷土料理「こづゆ」など、文化・歴史・食すべてが魅力。
“東北の小京都”とも称され、観光・散策・グルメをゆっくりと楽しめる人気の観光地です。
 

歴史・文化の魅力

鶴ヶ城(会津若松城)

鶴ヶ城(会津若松城)

「会津の象徴ともいえる名城。戊辰戦争の激戦を耐え抜いた城として知られ、春の桜や秋の紅葉、冬の雪化粧など四季を通して美しい景観を見せます。天守閣からは市街地を一望でき、歴史資料館も併設されています。」
 

飯盛山

飯盛山

「白虎隊が自刃した悲劇の地として有名。
山頂からは鶴ヶ城を望むことができ、白虎隊記念館や資料館で会津の歴史に触れられます。」
 

レトロな七日町通り

レトロな七日町通り

大正浪漫の雰囲気のただよう七日町通りは、藩政時代には、会津五街道のうち日光、越後、米沢街道の主要道路が通り、城下の西の玄関口として問屋や旅籠、料理屋が軒を連ねていました。
現在でも大正浪漫を感じられる通りとして観光客に人気の通りとなっています
 

御薬園

御薬園

「国の名勝に指定された美しい日本庭園。特に霊泉(薬水)の湧く地に、歴代の藩主が薬草を栽培したことから「御薬園」と呼ばれるようになった。会津松平藩の藩祖保科正之公が大名庭園として整備し、二代藩主正経が、疫病から領民を救い病気の予防や治療などに使用する薬草の研究(朝鮮人参の栽培を奨励)のために薬草園を設けました
 

飯盛山 白虎隊

飯盛山 白虎隊

会津は江戸時代には「会津藩」として知られ、戊辰戦争の舞台となりました、悲劇の少年兵「白虎隊」の逸話は
特に有名で、現在も会津武士道の象徴とされています。

会津漆器・赤べこ

会津漆器・赤べこ

伝統工芸として「会津漆器」や「赤べこ」が有名です。赤べこは魔除けや健康祈願の縁起物として親しまれてい
ます。

グルメ

ニシンの山椒漬け

ニシンの山椒漬け

保存食文化から生まれた一品。

会津仏都の魅力

八葉寺阿弥陀堂

八葉寺阿弥陀堂

会津の高野山とも呼ばれ、境内には空也上人によって建立されたと伝えられる阿弥陀堂があります。亡くなった親族の遺品などを通称「木製五輪塔」と呼ばれる小さな塔に入れて供養するという風習があり、14,000点以上の五輪塔が境内の舎利殿に奉納されています。会津の高野山参りや空也念仏踊りでも有名。国指定重要文化財
 

会津三十三観音

会津三十三観音

徳川幕府の成立により治安や経済も安定し、参勤交代のための街道の整備も進んだため、全国的に伊勢参りや熊野参詣(くまのさんけい)、西国三十三観音巡りなどが盛んになった。この会津の領民の間でも同じで大旅行に多くの人が出かけていた為、多額の費用が領外に流れることを案じて、会津三十三観音を定め資金、労働力の流出を防ぐ政策として定着した
 

酒蔵

末廣酒造 嘉永蔵

末廣酒造 嘉永蔵

「創業は嘉永3年(1850年)。明治時代には杜氏による酒造りを福島県で初めて実現。大正時代には山廃造りの創始者、嘉儀金一郎氏による「山廃造り」の試験醸造を試み、現在に至って伝承されている。」
 

鶴之江酒造

鶴之江酒造

会津の気候に合わせた真剣勝負の酒造り。伝統的製法を踏襲し酒の顔(つら)を見て作ります。
酒(もろみ)は生き物・・・。日々変化していく状態を見ながら仕込みをしていきます
 

地酒

地酒

会津は米どころで水も良く、名酒の産地としても知られています。

自然と温泉

東山温泉

東山温泉

一年中その魅力が溢れる会津東山温泉は今から約 1300 年前、名僧・行基によって発見されたと言われ、奥羽三楽郷に数えられる歴史ある温泉郷です。竹久夢二や与謝野晶子などの文人・墨客にもこよなく愛された湯の街。

 

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